同行中の上司との会話。

「好きなドラマーって居るの」

「強いて言うならX JAPANのYOSHIKIですかね」

「あー、やっぱ上手いんだ」

「いや、ドラムはそんなに上手くないです」

Xのドキュメンタリー映画を観てきた。

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創作とは、結局のところ自己分析である。
自分は何者なのか知りたくて、外へ問い掛ける術が創作なのだ。

そう映画の中で語られ、同時に緋色はすぎやまこういち先生のこんな言葉を思い出しました。

「人には人権が、音楽には著作権が」
ドラゴンクエストのOP、作曲に掛かった時間は10分未満だったそうです。
では、この曲の制作に掛かった「工数」は「10分」なのかというと決してそんなことは無く、
「それまでの人生こそが工数」という考え方です。
作曲をするための下地、自己を培った人生そのもの。

そう考えると、昨今音楽の良し悪しだけでなく人物の良し悪しもアーティストの人気に思いっきり比例する現実が、なんだかわかる気がします。

そして、だからこそ緋色はYOSHIKIを敬愛する音楽家として見ています。

ドラムの実力だけで言えば、よく比較されるLUNASEA 真矢の方が数段、いや数十段上ですし、ピアノの実力だけで言えば、国際的なピアノコンクールでは予選落ちするレベルでしょう。

が、クリエイターとして、またパフォーマーとして、複合的な音楽センスに置いては世界トップクラスであると思っています。
また、ビジネスマンとしてもその「カネの使い方」について学ぶ所が多く、明日にでも死んでしまいそうなほどにストイックに動き続けるその姿は、決してマネができない域に達しています。

朝4時から準備して夜の10時まで仕事して、それから2時間ジムで身体を鍛えて、午前1時からレコーディングしているような50歳って居ないと思うんですよね・・・

映画はどうだったのか。

一言で言えば「良かった」です。

X JAPAN世界進出のひとつの節目となるマディソン・スクエア・ガーデンでのライブを根幹に、そこへ至るバックグラウンドを辿っていきます。

過去の映像もそこそこ出てきますし、「幼少期のYOSHIKI」は漏らさず映像作品を観てきた自分でも初見でした。
お父さんが自殺してしまったこと、怒りの向け先がわからず無心にドラムを叩いていたことなどは知っていましたが、母親が父親の遺品を全て処分していたことや、TOSHIにも父親のことをデビュー後まで隠していたことなどは初耳でした。

また、1996年、解散ライブのバックグラウンドも初見の内容が多く。
TOSHIがすでに洗脳されていたことはメンバー周知であり、MCで変なことを言い出したらマイクを切れとスタッフに指示していたこと、PATAとHIDEのツインギターは解散ライブが最後だったこと。
(hideのソロツアーでPATAが弾いていたと思ってた)

この後のHIDEのエピソードなどは涙なしには観られません。

また、平成10年、今生天皇陛下即位10周年を記念して開催されたセレモニー。
そこで演奏された「Anniversary」はYOSHIKIの全楽曲の中でも屈指の出来で、HIDE喪失後、音楽家として再起するキッカケになっていきます。

まさか政府高官や宮内庁にファンが居て、敢えて傷心のYOSHIKIに依頼したのでは?と勘ぐってしまいます。



質の高い自己啓発本のようだ。

トレイラーの中でも出てくるセリフ

「The day I'm going to die.
    I'm going to tell myself 
   "At least I tried myself"」

これが全て。そう生きたい。

ワールドツアードキュメンタリーでの一言
「理想とする自分の像とのギャップに対して戦いを挑んでいる」
誰しもそうあるべきだ。


そんなYOSHIKIですが
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ちょいちょいリプライ送っていたらフォローしてくれた(笑)


ファンを大事にする姿もまた、愛すべきところです。



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